2011年12月4日日曜日

着物は昔も高級品

中国では絹織物を錦(にしき)と言います。
旁の帛(はく)は絹のことで、絹=金と同様に貴重なものであるというところから錦と言われています。
今は機械が発達して機械で簡単に織り上げることができますので、生地代よりもその後の加工の如何によって着物の値段は設定されていますが、全て手仕事で有った時は一反の反物を織り上げるのに想像を絶する手間が掛かりました。
現在では紬や木綿物や帯類には手織りのものがありますが、染着尺の生地は全て機械で織っています。
  それが昔はどんな織物も全て手織りなのですから高価な筈です。
堺屋太一さんがお書きになられた播磨灘物語の著書には呉服屋での一シーンが描かれていて、一反15両~20両という値段が書かれています。10両盗めば死罪と言う時代ですから如何に高価であったかということです。

  江戸時代にはふんどしのレンタルがあったのを皆さんはご存じでしょうか。今で言えばショーツをレンタルしているのです。
ふんどしはたいてい晒しで出来ています。その晒しさえも大変高価だったのです。買えば250文くらいしたそうですがレンタルですと60文くらいですみ、きれいに洗濯して湯のしをして貸してくれますので、利用する者が多かったそうです。
私などは記憶にありますが、浴衣も高価ですから、ひと夏終われば洗ってのし板に張り付けて乾かして、新しく縫い直していました。高価でしたからそれだけ大切にしたのです。
そして浴衣として着れなくなると寝巻にして、そして破れて寝巻きにもならなくなれば、次はおむつにしていました。おむつにもならなければ次は雑巾にして使っていました。
上記の段模様と片身替わり模様というのがあります。
桃山時代から文様の意匠としてよく使われています。
 この文様は着物は高価ですから破れてしまっても、捨ててしまうのは勿体ないので、継ぎ接ぎにしてもう一度長着として用いたことから発生した意匠です。
きものは長着として使われなくなれば掛け布団の表に使用したり、ねんねこにしたりと徹底的に再利用をしましたので、着物は現物としての資料がすくないのです。
昔のように徹底して再利用すれば、それこそエコになり節約になると思うのですが、それでは経済がよけいに低迷してしまうかもしれませんね。どちらを選択すれば全体がうまくいくのでしょうかね。

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