2013年10月8日火曜日

習わんと思う心こそ我が身ながらの師匠なりけれ

これも確か千利休の言葉だと思います。
確かに人は様々なことを学ぶことによって高まって行きます。
何もしないよりは前向きに習う方がよい。そういう気持ちになることそのものが、自分を高めてくれる。即ち師匠であるということでしょか。
 人は何でも自分ではわかっているつもりでいますが。現実には実践してこそ初めて学び取れるものが沢山あります。
ですから、前向きな気持ちになって習った方がよいということですが、昔と違って事情が少し異なります。
 昔は師匠が絶対的な存在でした。生徒は畏敬の念を持って接しました。
その分身に付くことは多いわけです。
そして経済的な面においてもそうです。
貧しい時代においては時間とお金を大切にしました。ところが裕福な今日では、自分の向上の為に来ているのに他人事のように考えている人が沢山います。
習いたいと思って始めても、それが出来なくても生活に何の支障もないので、熱心ではないのです。
 お稽古事に取り組んで成果を挙げる一番の要因は、必要性を強く感じているか。その必要性によって湧出する精神なのです。門をくぐってもやる気がなければ得れるものは少ないのです。昔はお稽古事は遊びでないと感じていたのが、裕福になって遊びの一環として捉えている人が増えています。

0 件のコメント:

コメントを投稿